聖徳太子の地球儀に書かれたムー大陸について考察

聖徳太子の地球儀という日本でもっとも古い地球儀をご存知でしょうか?

地球は平らな世界と信じられていた時代に、南極大陸やユーラシア大陸、アメリカ大陸がほぼ正しい位置に描かれているオーパーツ。

しかも太平洋には未だに確認されないムー大陸かと思われる謎の大陸も記されているということで調べてみました。

聖徳太子の地球儀の発見と歴史

引用:wikipedia

形状や大きさ、どこで見つかった?

地球儀のオーパーツは地兵庫県兵庫県の聖徳太子ゆかりの地斑鳩寺に地中石として保管されています。

直径9.7センチメートルで大人の拳ほどの大きさ。

成分を分析を行ったところ、建築の壁や床の仕上げでよく使われる石灰で出来ています。

寺の目録によると江戸時代中期には倉庫に保管されているとのこと。聖徳太子が亡くなってから1200年後になります。

地球儀が作られた歴史

聖徳太子は574年頃に生きていた皇族。

今からおよそ1450年前に地球儀は作られたということになります。

飛鳥時代に作られた地球儀にはアジア、ヨーロッパ、アフリカ、アメリカだけでなく、1492年に初めて発見された南極大陸の位置もほぼ正確な位置に描かれています。

聖徳太子が世界中を旅してスケッチしたのか、宇宙人による情報なのか誰かの助けなしには作ることは不可能な話。

しかも太平洋には古代文明のムー大陸かと思われる謎の大陸も描かれていることが最大の不思議です。

ムー大陸を書いた理由を考察

ムー大陸の存在と地球儀に描かれた理由を北半球と南半球の大陸面積から考察してみました。

北半球

南半球

引用:wikipedia

地図を見て分かる通り北半球は大陸面積が多く、南半球は海の面積の方が多いことがわかります。

次に1569年に書かれたメルカトル図をご覧ください。

1569年のメルカトル図

引用:wikipedia

オーストラリアはなく南極大陸のような白い大陸はメガラニカだと説明している地図です。

次に1550年のピエール図をご覧ください。

1550年のピエール図

オーストラリア部拡大

引用: wikipedia

メルカトル図とほぼ同じ時期の地図ですがオーストラリアの位置から南方向をメガラニカと説明しています。

メガラニカというのはオーストラリアの一部なのか、幻の大陸ムー大陸のことなのかは不明。

この2つの地図から考えて古代のヨーロッパの人々はメガラニカと呼ばれる大陸の存在を確認していたのか、それとも北半球と南半球の大陸比率を平均化したのか?

以上からメルカトル図やピエール図のような西洋地図が日本伝来したとしたらどうでしょうか?

世界を知らない聖徳太子は地球は丸いこと、大陸の位置や大きさを地図によって知識を得て情報を鵜呑みにすることでしょう。

仮に嘘の情報だとしてもです。

まとめ

聖徳太子の地球儀について大昔のヨーロッパの地図の伝来から作られた地球儀として考えてみました。

ムー大陸の存在は北半球と南半球の大陸面積のバランス化なのかは不明ですが、大航海時代に世界各国が新大陸発見の証拠して名誉と名声を上げるため嘘の地図を制作していた可能性もあると思います。

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